2008年05月10日

『みなさん、さようなら』久保寺健彦

団地…。

…団地。

それは、ボクが幼稚園の途中から、就職して家を出るまで過ごした場所。
ざっと20年ほどだろうか。
今でも記憶の底にしっかりとしみついている。

団地の中だけで、一生暮らしていく。
この本の新聞広告を見たとき、この本は読まなければいけない、と思った。
本を読み終えた今、言いようのない感情に捕らわれてる自分が、ここにいる。

都営芙六第二団地に住む悟。
悟は小学校の卒業式に起きたある事件をきっかけに、
団地から一歩も出られなくなってしまう。
中学校は団地の外。
「中学校には行かない」「団地の中だけで一生生きていく」
と宣言する悟。
団地の中のコミュニティセンターの図書コーナーで、大山倍達の本に出会った悟は
これがオレの目指す姿だ、とトレーニングに励む。

団地住民のために設立された芙六小学校を悟と一緒に卒業したのは107人。
しかし同級生たちは月日が経つとともに団地を出て減っていく。
団地に残る同級生だけを案じる悟。
悟の世界は団地の中だけなのだ。
団地の中で仕事をみつけ、団地の中で恋をし、団地の中だけで生きていく悟。
その姿はたくましくもあり、孤独でもある。

悟は成長し、隣に住む幼馴染も、そしていつしか恋人も。。



ボク(だのん)は団地が造成されて10年目くらいに引っ越してきた。

ボクの通う小学校は団地の中にあった。

隣接していた別の団地の子たちも通っていたので、人数は多かったと思う。
ボクが入学したとき、1年生は9クラスだった。
4年生になるときに、新しい小学校ができて7クラスに減ったけど、
団地の子はみな同じ小学校のままだった。
全校児童は2000人くらいかな。
だから、この物語の「芙六小学校」の卒業生3クラスで107人に比べると、
ずっと大規模な団地だったんだろう。


団地のちょうど真ん中には、コミュニティースペースがあった。
集会所があり、スーパーマーケットがあった。
その横には小さな商店が6、7軒、軒を連ねていた。
小さな公園もあったし、郵便局もあった。
スペースの中央は多目的広場だった。

集会所には、この物語の「コミセン」のような図書スペースやスポーツ施設はなかったけど、
(いや卓球台なんかはあったかなぁ…)
ホールでは日替わりで空手教室やバレエ教室が開かれていたし、
映画の上映会なんかもやってたかもしれない。
亡き母の葬式をやったのもこの集会所だった。。。

小さな商店の奥には、その頃はやりだしたTVゲーム台があり、
店の前にはデカいピンボールマシンが子どもたちを次から次へと吸い寄せていた。

多目的広場では、毎年6月になると1のつく日に夜店が開かれた。
薄暗くなった頃、小遣いを持って広場中にたくさんでているお店を回るのが
すごく楽しかったことを覚えている。
夏にはそこにやぐらが組まれ、盆踊りが派手に開催された。
このときは広場からはみ出て、団地内の路上にも露店が並んでた。


団地内にはいたるところに公園があり、そのときどきに集まるメンバーにあわせて、
いろんな公園を使って遊んだ。
グラウンドやちょっとした広場で野球もした。
団地の前の芝生スペースで野球して、1階の家にボールが飛び込み
ガラスを割って怒られたことも何度とある。

小学校も高学年になると行動範囲が広くなり、自転車に乗って団地をでて
いろんなところで遊ぶようになったけど、
やはり基本は毎日通学してる団地内が多かった気がする。
よく入り浸ってた駄菓子屋も、週3回通ってたそろばん教室も、
団地のすぐ隣にあった。

そう、小学校の間、基本は団地の中だったのだ。


中学校は団地の外にあった。
他の小学校からも合流し、友だちの顔ぶれが変わり、
それにつれて行動範囲は一気に広がった。

団地を出て遊ぶことが多くなった。
それはとても自然なことだったと思う。
そもそも団地の中とか外とかって意識は低かった。
自転車に乗れば、どこまでもいけて、そして世界はずーっと広がっていった。
好奇心をおさえきれず、どこまでも足を延ばした。
ボクたちにとって団地は狭かった。

それがフツーなのだ。


団地を出られない悟。
団地を出られないが故に、逆に団地の、同級生の動向が気になる悟。
それは世界を広げたくても広げられない悟の、自然な、
いや苦しまぎれな選択だったのだろう。
団地内で暮らすと決めた悟にとっては、団地は万能であり、
外に出て行こうとする同級生の方が奇異に映る。
けどそれはやっぱりおかしなこと。
団地生活を経験してきたボクだからこそそう思う。

この物語の107人の卒業生は年々団地を出て減っていく。
それは、中学卒業、高校卒業、短大や大学卒業の年に顕著となる。
多くの人が社会人となった小学校卒業11年目には、団地に住むのは
84人減って23人となっている。
そりゃそうだろう。
ある意味寂しいがそれが現実。


ボクの小学校の卒業生たちがいつ団地を出て行ったのかよくは知らない。
もう高校の頃には小学校の同級生にはあまり連絡は取っていなかった気がする。
同じ小学校の卒業生で、今でも連絡を取り合ってるのはかろうじて一人…。
それでもボクは同級生の中では長く団地にいた方ではないだろうか。

ボクの通った大学は、ボクの中学の道路を1本はさんだ向かいにあった。
大学内で一番実家が近かったのはボクかもしれない。
1年遅れて大学に入り、2年遅れて大学を卒業したボクは、
25の年に団地を出た。
そして未知の土地にやってきた。


そこで結婚し、子どもが生まれ、絶対買わないだろうと思っていた家を買い、
(いずれ地元に帰ろうと思っていたので)
そしてついに本籍も移した。


団地には今、父がひとりで暮らしている。
数年前まで一緒に暮らしていた弟は、結婚を期に、隣接する地区に移った。
そこももとは別の団地があったのだが、老朽化して取り壊しマンションに立て替えられた。

その老朽化の波は、うちの団地にも押し寄せている。
帰省するたびにさびれていく団地に愕然とする。
もうずいぶん前から新規入居は断られ、あとは出て行くのみ。
帰るたびに空き部屋が増えている。
あれだけにぎやかだった団地内はひっそりとし、セミの声だけがあいかわらず
やかましく響く。

悟の団地と同じく、終末期に向かっているのを強く感じる。
それが老いていく父と重なることがある。
頭を振り払う。


結局卒業生の中で1人残った悟がどうなるのかはこの本を読んでほしい。

ボクの人生の半分以上(今のところ)を過ごした団地。
老いていく団地。
しかしこの先たとえ団地がなくなったとしても、ボクは一生忘れることはないだろう。
今でも夢の中で出てくる「家」のイメージは、あの狭い3Kなのだ。
そこに今の家族がいるという矛盾。
ボクの中の「家」は、まだあの団地なのかもしれない。


この物語の最後のページを閉じ、悲しみとも、うれしさとも、感動ともつかないが、
涙をとめることができなかった。
寝床で読んでいたので、枕に顔を埋め、嗚咽を漏らし続けた。
そしてしばらく放心したようにボーッとした。
何に対してボクは涙を流したのだろう?

ボクの中の何かが、この物語と深く深く共鳴したのだろう。
ボクにとってこの本は、やはり読むべき本だったのだ。
posted by だのん at 11:19 | Comment(4) | TrackBack(1) | 本読んだ






この記事へのコメント
私も帰るたびに泣きそうになるの。
とても大きく見えた団地が小さく見えてすごくせつない。
ドアを開けると迎えてくれる両親も年々…うーん。。。
あ、集会所のバレエ教室、私、通ってたんだよ〜♪
Posted by ちあき at 2008年06月04日 20:03
★ちあきさん
コメントどうもありがとう。
5階建ての団地は大きかったし、ものすごく広い敷地に
たくさんの団地が建ってたよな。
5階建てで、団地の数は変わってないのに、今はなんか一変している。
それは人が少ないせいかもしれないし、見るからにさびれてるからかもしれない。
一つの町の終末期に近づいてるのかな。
隣の駅前が開発されてものすごく様変わりしてるのに比べて、
うちの駅前から団地にかけては変わらない。
いや変わってはいるか、店がつぶれていってるもんね。
けどあの団地が我々にとってはやっぱりふるさとなんだよ。
いつまでも、ね。
Posted by だのん at 2008年06月08日 11:15
未来の希望を感じさせるラストに、救われたような気分です。
トラックバックさせていただきました。
Posted by 藍色 at 2010年10月18日 01:59
GF(ガールズ・ファイト)久保寺健彦署【双葉社】を読んでの感想

短編で週替わりにいろいろな境遇の話が書いてあってなかなか面白いと思いました。
Posted by みなさん、さよなら at 2011年09月07日 14:26
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みなさん、さようなら 久保寺健彦
Excerpt: 芙六小学校を卒業したのは全部で107人。みんな、団地に住んでいた。小学校の卒業式で起きたある事件をきっかけに、団地から出られなくな
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Tracked: 2010-10-18 01:44

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