2008年04月27日

『こうふく みどりの』西加奈子

なんか胸の奥がきゅうっとする。
どこの内臓か分からんけど、内臓とちゃうかもしれんけど、
どこかがきゅうっと、する。
それも昔感じたことのある懐かしい感じ。
けどせつない感じ。
そんな本や、これ。


こうふく みどりの
西 加奈子
こうふく みどりの 西加奈子

 

 緑は中学2年生の14歳。家はなぜか女系家族。
 お母さんは妻子ある男を好きになって、ほんで未婚で緑を生んだ。
1日中家におって、ほんでタバコを吸ってる。
 おばあちゃんはいつもマッサージチェアに座ってるけど、
近所の人の誰もがおばあちゃんのとこに話しにきよる。
ちなみにおじいちゃんは戦後のどさくさに紛れて逃げたらしい。
小ちゃい子ぉとお腹に赤ちゃんのおったおばあちゃんを置いて。
 藍ちゃんは緑の従姉。
結婚したけど旦那に暴力をふるわれ、おばあちゃんの家に出戻った。
離婚したいんやけど、相手がうんと言うてくれへんちゅうぶらりん。
 桃ちゃんは藍ちゃんの娘。
4歳やけど一言もしゃべらんと、ボーっとしてる。
 ちなみにお母さんの名前は茜で、茜・藍・緑・桃、みんな色の名前。
全部おばあちゃんがつけたんや。
 あとは猫のカミさんにホトケさん、犬のポックリさんもみんなメス。
 
 そんな女系家族の近所に同じ中2のコジマケンが引っ越してきた。
(なんとケンという字は「犬」と書く!)
コジマケンは背ぇがめちゃめちゃ高い。
全然しゃべらんのになんか存在感があるやつ。

 緑はそんなコジマケンが、なんや気になり始める…。


全編通して、めっちゃ大阪弁
大部分は、語り手の緑の口調なんやけど、ところどころにはさまれる
太字で書かれた、手紙のような、とつとつと語っているような
意味深な文章も、これまた大阪弁。

ええわぁ、このコテコテ感
思わず、こっちの感想も大阪弁になってまうあせあせ(飛び散る汗)


緑が語る、時代は1991年。
ボクはもうその頃大学生やったけど、空気感は分かる。
大阪やから分かるんかもしれんけど。

この話のひとつのキーでもある、金曜の夜8時からやってたプロレス中継
よう覚えてる。
ボクが中学の時もめっちゃはやってて、クラスにプロレス好きが何人もいて、
レスラーの話やワザの話をようしてた。
ほんでたまにワザかけようとして逆にかけられてた。
今は別にプロレスは好きでも何でもないけど、あの頃はなんか力入ってたなぁ。
そいで猪木は強かったわ、確かに。
スタン・ハンセンとかハルク・ホーガンやっつけてたもんなぁ。
そういやアンドレ・ザ・ジャイアント、めっちゃでかかったな。


緑の暮らす大阪の下町がええ感じで描かれてる。
行ったことないのに懐かしい気分にさせる。
商店街も、昼間からたむろしてるおっちゃんも。

特筆すべきなのは「焼肉 金」!
これはあかんやろ。めっちゃうまそうや。

テーブル2席とカウンターしかない店やけど、よう繁盛してる。
精肉店に併設されてる店やから、肉はええし安い。
おっちゃんが昼間からひとりカウンターでロースターで肉焼いて
食べんのがさまになる店。
行きたい。入りたい。今なら入れると思う。

昔、まだ大阪におった頃、ミナミの南海通りにこんなカウンターだけの
ちっこい焼肉屋があって、昼間からビール飲みながら肉食うてるとこ
よう見ながら通り過ぎてた。
あの頃は、「あ、こんな店もあるなぁ。なんかうまそうやなぁ」
くらいには思ってたけど、モーレツに入りたいという気にもならんかった。
今はモーレツに行きたいぞ、「金」!!
ほんで昼間から、それも平日の昼間からビール飲んで肉食いたい!

前に読んだ『きいろいゾウ』でもそうやったけど、
西さんはホンマに食べ物の描写が上手やね。
藍ちゃんがさっと作るお惣菜も、何でもないんやろうけど何かうまそう。
匂いがただよってくる感じっちゅうか。


食べ物の描写だけやなくて、文章がかもし出す雰囲気も優しい。
だから西さんの書く文章は好きや。
例えばこんな文章がある。

 そろそろ太陽が落ちていく時間や。雪は音を吸いとるいうけど、うちは夕方の太陽もそうやと思う。少しずつ姿を隠す代わり、昼間そこいら中にあったたくさんの音を、お土産に持っていってまう。音がどんどん減っていって、光もどんどん減っていって、それでうちらの心も、夜を迎える準備をする。静かな気持ちになって、それで、目ぇや耳や鼻以外を使う感覚を、思い出し始める。ああ、人を思う気持ちってこんなんやったんやとか、あの人はどないしてるやろうとか、心の中の出来事が増えてくる。夜はそれを知ってるから、その間中、うちらをそっとしておいてくれる。
 ぎゅう、と眩しくなった。薄目を開けると、音の代わりに、太陽がオレンジを残していってる。懐かしいな、と思う。昨日の傘がこんな色やったからかと思うけど、違う。このオレンジは、昨日も一昨日もその前も、そのもっともっと前にもあったオレンジや。おばあちゃんが「橙色」いう、穏やかな色。


なんか優しいと思わへん?好きやわあ。


話は、緑の話の間に入る、語りとも手紙ともつかん太字の文章に
引っぱられるようにして進んでく。
最初はよう分からんかった太字の文章と緑たちの話が、最後に来てつながる。
そう、“つながる”ねん。
あぁそうやったんかぁって。


この本は『こうふく みどりの』という本やけど、1ヶ月遅れて、
『こうふく あかの』という本も出た。
主人公も時代背景もまったく違う二つの物語。
けど“つながって”るらしい。
西さんは巻末に、そのことについてこう書いてる。
ちょっと長なるけど引用してみたい。

 小説を書く前、本屋に行ってたくさんの本を見たとき、気付いたことがあります。例えば、富士山の見える温泉で誰かが出会う小説があって、違う一冊の中では、おじいさんが富士山に登っていて、また違う小説では、外国人が飛行機から富士山を見ている。そのとき、同じ「富士山」という要素で、みっつの物語はつながっているのだ。とすると、この本屋中にある小説たちは、「一方その頃」とか、「昔は」とか「未来は」という言葉で、いくらでもつながっていけるものなのでは。現在の大阪の物語だって、百年前のメキシコの物語だって、、未来のエジプトの物語だって、そこに人間がいて、太陽があって、月があって、地球がある限り、つながっているのだ! なんとも興奮した面持ちで、私は本屋を後にしました。それから私は、本を読むときいつも、誰かと「つながっている」と感じました。そう思うと、私の体はなんともいえない連帯感と幸福感で、いっぱいになりました。
 ふたつの話を書いているとき、私は急に、その気持ちを思い出しました。つながっている、つながっている、そう思いながら、私はあの、懐かしい連帯感と、幸せな気持ちでもって、原稿を書き進めました、そして出来上がったのが「みどり」と「あか」に分かれた、ふたつの物語です。ふたつをつなげているもの、それは「道」です。


「みどり」と「あか」はつながってる。
それだけやなくて、この世にあるすべての物語はどこかでつながってるんやなぁ。
あまり考えたことないことやった。
けどそういわれてみれば、ある本を読んでて、何か別の本を連想させられること、
確かに何度もある。
今回、食べ物のことで『きいろいゾウ』を思い出したけど、
こないだ読んだ『食堂かたつむり』のこともやっぱり思い出してた。
こんなふうにして、作家や時代や国の枠を超えて、物語はつながってるんやろう。
それって不思議やけど、なんかおもろい。
この枠を超えてってところが、読書することの醍醐味のひとつかもしれん。
この先もボクはたくさんたくさんた〜くさん、本を読んでいきたい。
そない、強く思いました。
posted by だのん at 15:05 | Comment(2) | TrackBack(1) | 本読んだ





この記事へのコメント
はじめまして。
こちらの記事にトラックバックさせていただきました。
いろんなつながりが感じられる物語でしたね。

トラックバックやコメントなどいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。
Posted by 藍色 at 2008年04月29日 17:01
★藍色さん
コメント&TBありがとうございます。
遅くなってすいません<(_ _)>

藍色さんのブログを拝見させていただきました。
すごい読書量ですね。
で、最近の読書記事はまだボクが未読のものが多くて、
で、これから読みたいのがいっぱいあって記事自体は読むのしばし待機状態。
また読んだあと、藍色さんの感想も読んでみます。
Posted by だのん at 2008年05月04日 05:46
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