2009年02月01日

『ブラック・ジャック・キッド』 久保寺健彦

誰もが通る小学生時代。
時間の流れが今と全く違うように感じていた。
当たり前のように小学校に通い、帰り道には道草を食い、帰宅してもすぐに遊びにでる。
入ってくる情報は今とは比べものになるくらい少なく、自分の見たもの聞いたものが
自分の世界のすべてだった。

それで特に不満を持つことはなかった。

この小説で描かれる、ブラックジャックにあこがれる和也の小学校の4年間は
それを思い出させてくれる、懐かしい空気感に満ち満ちている
前作の『みなさん、さようなら』同様、団地が舞台の一つになってるのも
団地出身のボクには親近感を覚える要因の一つだろう。
決して恵まれてるとはいえない境遇に陥りながらも、いろいろなことを学び、発見し、
日々確実に成長をしていく。
大切な友人と出会い、ほのかに恋を知り、そしてはっとするような奇跡も…。
大人からみればたいしたことないことが、とても重要だったあのころ。
 

それをときにドキドキしながらときにほんわりと思い出させてくれるあったかい作品だ。



ボクがブラックジャックを読みふけったのは中1の頃だった。
その頃仲がよかったクラスメイトのうちにブラックジャックが何冊もあったのだ。
夕日さす団地の一室でむさぼり読んだ。
衝撃的だった。
オペのシーンで精密に描かれた内臓や、皮膚をはがした顔面…。
それまで図鑑や理科室の模型などでそれらを見たことはあった。
だがストーリーの中で、登場人物たちが受けるオペ。
そこまでに描かれている、心があり血が通ってる登場人物の体は、
その人となりを、そのひとが持っているドラマを共有しているだけに妙に生々しく、
血の通ってない理科室の実物模型などとは比べものにならないくらい迫力があった。
それにもまして衝撃的だったのは見たこともないような奇病だった。
シャム双生児や無頭児など存在すら知らなかった。
それが、克明にリアルに描かれている。
さまざまなドラマを交えながら。
ブラックジャックはあくまでクールに人々と接していく。
だがときに見せる苦悩と感情の爆発が、ブラックジャックの優しさを現していた。
カッコいいと素直に思った。
こんなマンガがあるのかと思った。
心和ますピノコや、安楽死をなりわいとするDr.キリコ。魅力的な脇役も欠かせない。
斜に構えて社会を風刺している感もあった。
一話完結の中に、これだけの要素を盛り込んですばらしいドラマに仕上げている。
まさに名作といえるだろう。
この小説の和也のようにブラックジャックになりたいとは思わなかったが、
何も知らない中坊にとって、世界をとても広げてくれる思い出深い作品だった。


ブラックジャックにあこがれ、姿やふるまいをまねる和也。
ちょっとなにかがあると、これは第何話のあのセリフをいう場面だ、などと考える。
ブラックジャックのメス投げをまねて、試行錯誤の末、ドライバー手裏剣を極める。
それがときに窮地を救ったり救えなかったりするのもたまらないところだ。
『みなさん、さようなら』で大山倍達に感銘し、空手の修行に励む主人公と重なるところがある。
あの作品同様、文章は素朴で読みやすくどんどん読み進められる。
そこにしっかりと少年の心の動きを描いている。
最後は少し尻切れトンボのような気がしないでもないが、
いろいろと想像力を読者にかき立てさせる終わり方だったと思う。


ホロリとさせられるのは、母親につれられて、なんでもない平日に自分が育った町を
訪ねて歩くシーンだ。
4歳で今の戸建ての家に移るまで和也は3回引越をしている。
それを新しい方からさかのぼって、やがて自分が生まれた狭い団地まで戻っていく。
当然ながら和也の記憶はおぼろげで、さかのぼる度に全く覚えてないようになる。
だが和也の母親は、ひとつひとつさも昨日のことのように昔を振り返って思い出を優しく語る。。

母親と子どもだけが共有している、あるいは子どもは忘れてしまっているが母親だけが覚えている記憶というものがあると思う。
それは、家族で旅行に行ったとか、ディズニーランドに行ったとか、あるいは幼稚園の運動会だったりだとか、そういう“ハレ”の思い出ではない。
ホントの日常生活の一コマ。
近所の公園で花壇から飛び降りるのが好きだったとか、いつもお絵かきでこのキャラクターを描いていたとか、このクチグセがブームでケラケラ笑いながら言い合ってたとか、そういうなんでもないような一コマが、母親の口からは無数に語られることだろう。
それが父親には欠落していることが、ちょっぴり悲しい。
同じ時間を共有し、すべての姿を見ている母親だけが語れる思い出。
もちろん、たくさん苦労してるからこそ、それだけ語る思い出があるのだろうけど。
母親には、子育ての苦労を全部押しつけて、いいとこだけ持って行く…
そう父親は思われているのかもしれないけど、父親から見てうらやましいこともあるのだ。
それはブログ友達のママさん方の日記を見ても思うことだ。
やっぱり母と子の絆は深いな、と思う。


この小説は日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を獲得したそうだ。
これでもかっ、ていうくらいベタベタな小学生の日常を描いたと思いきや、
フッと空気が変わり不思議な世界に紛れ込んでいたりする。
その交差する空気感が気持ちよかったりする。
作品としては『みなさん、さようなら』の方が完成していた気がするけど、
この作品はこの作品で著者の持ち味が発揮されていたと思う。

今図書館で予約している次の作品も、読むのがとても楽しみなのだった。
posted by だのん at 16:40 | Comment(3) | TrackBack(1) | 本読んだ






この記事へのコメント
団地での生活が物語に重なって、懐かしい気持ちを持たれたのですね。
日常生活の中で感じていたことも、甦ってきたのかもです。
マンガ体験も、当時あのリアルな絵にビックリしたことを、
記事を読みながら思い出しました。
Posted by 藍色 at 2009年02月02日 02:36
なせかTB遅れないみたいです。
時間を置いて再度してみます。
念のため、記事URLをつけておきますね。
http://1iki.blog19.fc2.com/blog-entry-373.html
Posted by 藍色 at 2009年02月02日 02:43
★藍色さん
団地の中をかけまわって遊んだあの頃…
遠い昔ですが、思い出しながら読みました。
ブラックジャックもあの頃の思い出に色を添える
印象深い作品ですね。
そのあとはジャンプにはまっていきましたが…(^^ゞ
Posted by だのん at 2009年02月07日 18:04
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ブラック・ジャック・キッド 久保寺健彦
Excerpt: 装画は佐藤繁。装幀は新潮社装幀室。第19回ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。 主人公で語り手のおれ、織田和也は手塚治虫の名作マン...
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